追悼:阪神大震災から14年目

1月17日、阪神大震災から14年経ちました。

14年前、当時、私は高校生で大阪にいました。

もう14年と思うこともあり、まだ14年と思うこともあります。

大震災でなくなられた方がのご冥福をお祈りします。


1月17日は、新年が明けて、慌ただしく過ぎることが多いのですが、

今年は、ニュースが目にとまりました。

少し当時の事を思い出したので、メモ程度に残そうと思います。

当時、私は15歳の高校生でした。

「ドーン」という音がして、それで目が覚めました。

何かが爆発したか、墜落したのかなと思いました。

その後、1秒か2秒ぐらいしたら、「ゴゴゴ」という音とともに横に大きく揺れました。

自分の部屋の壁が波打っていたのを今でも鮮明に覚えています。

壁がグニャグニャと揺れていました。

大きな揺れが収まったあと、

余震が続く中、部屋を片付けて、

7時に家を出て学校に向かいました。

こういう時ほど、「普通に行動しなきゃ」と

直感的に思っていたのでしょう。

電車に乗っている時も余震が続いてて、

通常は15分ぐらいの乗車時間なのに、

30分ぐらいかかりました。

やっとの思いで駅についたのですが、

駅で待機していた学校の先生に「休校」を告げられ、歩いて帰りました。

数日後、学校は再開しましたが、授業はほとんどなく、

学校のボランティアで、歩いて、物資を届けに行ったりもしました。

物資を届けに行くため、歩く先の道路のまわりは

瓦礫の山と被災者の方々がいたのを覚えています。

トラックも自動車も通れず、ひたすら歩きました。

瓦礫が多すぎて、原チャリも通れず、みんな歩きました。

覚えているのは「とにかく水がない」こと。

水道が出なくなり、道路が寸断されて給水車がこれなくなると、

「水」の補給路は断絶します。

しかも「水」は意外に重いのです・・・

歩いて持っていこうと思っても、10〜20リットルぐらいが限度

10リットルだと、1家族分の2日分にしかならない・・・

私も運びましたが、数キロ分を運ぶのに、

ものすごい労力が必要です。

「水」だけは、常に予備を持っておかなければならない。

我が家でも、だいたい10リットル前後は、常に保持しています。

この震災では、私の友達や友達の親御さんがたくさん亡くなられました。

風化しないよう、忘れないよう、

心に刻み、過ごしていきたいと思います。

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2009年1月17日 07:19 PM | パーマリンク

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